青木崇高の新・新堕落論

「ようこそのお運びで、厚く御礼申し上げます。
 徒然亭草々でございます。ムイントプラゼール!」

目の前には、150人を超えるおじいちゃん、おばあちゃんたち。
会場は期待と興奮で不思議な熱気をおびている。
ここはブラジルのサンパウロ。
地球の反対側にあるこの地でぼくは落語をしていた。


「ようこそのお運びで、厚く御礼申し上げます」
上沼恵美子さんの声で始まったNHK連続テレビ小説「ちりとてちん」。放送がスタートしたのが2007年の10月1日。その日ぼくは福岡にいた。
7月半ばから始まった撮影は(本隊の撮影は6月から)連日におよび、まだ半分にもならないうちからぼくの頭はパンパンで、どこか息抜きできる場所を求めていた。
ちょうど放送が始まるこの日が小浜組(和田家)の撮影で数日間は出番もなく暇だったので、うまいもんでも食って気分転換しようと福岡に来たのだ。ぼくはこの街が好きだ。

現在絵本作家として活躍中の絵描きのよしながこうたく(給食番長、飼育係長、あいさつ団長など)のご実家に数日間お世話になることにした。
以前から何度とお世話になっている吉永家。
こうたくの親父さんは南米に住んでいる日本人の為にいろいろな活動をされている。
今から50年近くも前に単身でアマゾンにのりこんで現地人と生活されていたらしい。そんな昔にすごい行動派。なんてタフなお方なのだろうか。
香椎にあるこのご実家では「エドマッチョ」という喫茶店を経営されている。以前は「ワールドコーヒー」という名前で地元では有名な喫茶店だったらしい。(漫画「キャッツアイ」に出てくる喫茶店のモデルになっていたとか?)
福岡へ来たときはいつもこちらのランチをいただく。
食べごたえもあり、かつヘルシー。そしてなによりうまい。毎回急な訪問にも関わらずとても親切にしてくださる。ありがたい。もぐもぐ、うんめー。

初めてこちらに伺った時、こんなことがあった。
親父さんの南米コレ クションを拝見したときのことだ。
さすがは数十回と足を運ばれているだけあって日本ではそうお目にかかれないものがいっぱいある。
その中で一際ぼくの目をひくものがあった。極彩色をまとった鳥の木彫りだ。
「あれ?」数年前のある出来事がよみがえった。

「なんじゃこれ、おばちゃんこれ売ってよ」
「いいよ、じゃあ50円」
「なんでこんなの入ってんの」
「わかんない、なんでだろうね」

ふと立ち寄った駄菓子屋で小さな鳥の木彫りがアメのかごの中にあった。あまりにかわいいのでこの木彫りをお守りとしていろんなロケ地に連れて行った。

サイズこそ違うが、まったく同じだ!
すぐにカバンから取り出して見せた。
「ああこれは同じだね、南米のものだよ」
南米産?体が熱くなった。あんた東京出身じゃなかったの?ようこそジャポン!
遅すぎるあいさつを交わすと同時に、南米とのへんな縁を感じた。ふぁあ~
この頃からぼくは少しづつ遠い遠い南米大陸に興味を持ち始めていた。

「ひさしぶり!」
ランチをほうばるぼくの後ろから声がした。
現れたのは兄の拓哉さん。こうたくとは違いかなりマッチョさんである。
「今度NHK出るんやってね、ちょっと取材していいかな?」
「え、今からですか?ちょっと待ってくださいよ、でもなんでですか?」
拓哉さんは今、ブラジルのサンパウロで新聞記者をしているのである。
昔は相当やんちゃをしていたという彼がなぜブラジルで新聞記者をやっているのか、その華麗なる経歴は彼自身が著した「ぶっちぎり少年院白書」という本でぜひ確認していただきたい。かなり面白い一冊である。
ちょうど一時帰国中だったらしい。おひさしぶりです。
「NHKは南米に住むほとんどの日本人が観よるんよ、やけんブラジルのサンパウロ新聞にムネくんの記事が載ればみんな喜ぶやろうなって」
「マジですか!?NHKって南米で放送されてんですか?」
いまNHKは南米だけでなく世界いろんな国で視聴されているのである。
じゃあ「ちりとてちん」も今日から世界で観られることになるんだ。
「来年はブラジル移住100周年やけん、いろんなイベントもあるしね」
ブラジルには日本人移住者がいる事は知っていたが、
彼らがどのような理由で移住し、どんな生活を送っているのかは全く知らない。失礼な話、考えた事もなかった。

「詳しく聞かせてください」